12月の中学生クラスはユークリッドの『原論』を読んでいます。
『原論』の命題20は「三角形の2辺の和は他の1辺よりも長い」です。この定理は「三角不等式」と呼ばれ、距離空間の公理にもなっている命題で、数学では重要な定理です。
2点間の最短距離(を与える曲線)が直線であることを前提とすれば、この定理は当然の帰結です。ようするに、「寄り道すれば遠くなる」という原理で、明治の文豪菊池寛は高校時代にこの定理を数学で習ったことについて、こんなことは犬でも知っていると書いたそうです。「こんなことをわざわざ証明するなんて」と非難する声はユークリッドが生きていたギリシャ時代にもありました。
この定理はそれほど自明であるにも関わらず、証明は簡単ではありません。証明には「二等辺三角形の両底角は等しい」という定理、そして、「三角形のより大きい角に対する対辺は、より小さい角に対する対辺よりも長い」という定理を使います。ユークリッドは、周到にそれらの準備をしたうえでこの定理を証明しています。
この定理はそれほど自明であるにも関わらずと書きましたが、実際は、それほど自明であるがゆえにと書いた方がよかったかもしれません。いかにも当たり前そうな事実ほど、いざ証明してみようという段になると、どうして証明したらよいか見当がつかないということは多いものです。三角不等式はそのような定理の典型です。おそらくは多くの学者たちが喧々諤々の議論をした挙句に、ユークリッドの『原論』に書かれている証明に辿り着いたのでしょう。